熱処理の基本③:マルテンサイト変態と焼戻し

熱処理

鉄鋼の熱処理を理解することは、金属加工や製造に関わる技術者にとって非常に重要です。特に重要となるのが、「硬さ」と「靱性(粘り強さ)」をどう両立させるかというテーマです。硬さが高いだけでは割れやすく、靱性が高いだけでは強度が不足するため、どちらもバランスよく確保する必要があります。

このバランスを実現するために使われる代表的な技術が、マルテンサイト変態と焼戻し(テンパリング)です。本記事では、それぞれの原理と目的を、わかりやすく解説していきます。

マルテンサイト変態とは

マルテンサイトはなぜ硬いのか

マルテンサイトは、鋼を高温でオーステナイトにしたあと、急冷(焼入れ)することでつくられる組織です。急激に冷やされると炭素が逃げ出せず、結晶の形が歪んだまま固まります。この状態が体心正方(BCT)構造と呼ばれ、非常に硬いという特徴があります。

マルテンサイトが硬い理由は次の通りです。

  • 結晶格子が歪んでおり、変形しにくい
  • 炭素が過剰に固溶していて転位が動きにくい
  • 内部応力が高く、強度が大きい

このように、焼入れで硬さを手に入れることができますが、その反面、脆く割れやすい性質になってしまうため、そのままでは実用に適しません。

Ms点・Mf点とは

マルテンサイト変態には、温度による開始点と終了点があります。

  • Ms点:変態開始温度
  • Mf点:変態終了温度

このMf点までしっかり冷却しないと、内部に“残留オーステナイト”が残り、硬さが不十分になったり寸法が安定しなかったりします。

焼戻し(テンパリング)とは

焼入れによって得られたマルテンサイトには、強い内部応力と脆さがあります。そこで行うのが焼戻し(tempering)です。

焼戻しとは、焼入れした鋼を100~700℃程度の適切な温度で再加熱し、硬さと靱性のバランスを整える工程です。

焼戻しで起きる3つの反応

焼戻しでは、温度によって以下のような変化が段階的に起こります。

① 第1段階(100〜200℃):応力緩和と微細炭化物の析出

  • 過飽和炭素が動き出す
  • ε炭化物という微細な炭化物が析出する
  • 内部応力が減り靱性が向上する

硬さはわずかに落ちますが、割れにくくなります。

② 第2段階(200〜350℃):残留オーステナイトの分解

  • 残っていたオーステナイトがベイナイトに変化
  • 寸法安定性が向上する

ただし、この温度帯では「中温焼戻し脆性」と呼ばれる現象が起きる可能性もあるため、管理が重要です。

③ 第3段階(350〜700℃):セメンタイト形成と靱性の向上

  • ε炭化物が安定したセメンタイトへ成長
  • マルテンサイトがフェライト+セメンタイトの構造へ変化
  • 靱性が大きく向上する

焼戻し温度を調整することで、硬さと靱性の“最適バランス”をつくることができます。

硬さと靱性を両立させるためのポイント

押さえるべきポイントをまとめると次の通りです。

① 焼戻し温度で特性が決まる

  • 焼戻し温度が低い → 硬いが脆い
  • 焼戻し温度が高い → 靱性は高いが硬さが不足

そのため、適切な温度設定が最重要です。

② 二段焼戻し(ダブルテンパー)の活用

  • 1回目の焼戻し:応力を解放
  • 2回目の焼戻し:残留オーステナイトを分解

寸法変化が減り、疲労強度も向上します。

③ 合金元素が耐焼戻し性を高める

Cr、Mo、V、Wなどは炭化物を形成しやすく、焼戻しで硬さが落ちにくくする働きがあります。

現場で使われる最新の熱処理技術

① 深冷処理(サブゼロ処理)の併用

-80〜-196℃で残留オーステナイトを分解 寸法精度が高くなる 切削工具や金型によく使用されます。

② ナノ組織制御マルテンサイト

研究開発では、マルテンサイトの板状組織をナノレベルで制御し、硬さと靱性の両立をさらに高い次元で実現しようとする試みが進んでいます。

③ 二次硬化を利用した高温焼戻し

合金元素によって高温焼戻し中に微細炭化物が析出し、硬さが再び高くなる「二次硬化」と呼ばれる現象もあります。

実務で気を付けるべき熱処理のポイント

① 冷却媒体の選び方

  • 水:冷却が速いが割れやすい
  • 油:バランスが良い
  • ガス冷却:高合金鋼向けで歪みが少ない

② 部品形状の影響

厚みがある部品は中心部まで冷えにくく、マルテンサイトが形成されないことがあります。そのため、焼入れ方法や材質選定が重要です。

③ 焼戻し時間の管理

温度管理と同じく、「どれだけ時間をかけるか」も品質に影響します。

まとめ:熱処理を理解すれば鋼の性能を自在にコントロールできる

マルテンサイト変態と焼戻しを理解することで、硬さと靱性をバランスよく引き出すことができます。

  • 焼入れで“硬さ”を得る
  • 焼戻しで“靱性(粘り強さ)”を得る
  • 合金元素や複合技術で性能をさらに最適化できる

熱処理は、鉄鋼の性能を決める非常に重要な工程です。この基礎を理解することで、材料選定・加工条件の判断・品質管理など、幅広い業務で大きな力を発揮できるようになります。

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