熱処理の基本①:焼入れ・焼戻し・焼なましの違い

熱処理

金属加工において、欠かせない工程が「熱処理」です。特に 焼入れ・焼戻し・焼なまし (焼鈍し)は、鉄鋼材料の性質を大きく左右する三大プロセスともいえる基本処理です。

しかし、名前が似ているため「それぞれの違いがわからない」「どんな効果があるの?」と疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。

本記事では、熱処理の目的 焼入れ・焼戻し・焼なましの違い プロが現場で使っている材料との相性 製造の現場でよくある疑問のポイント まで、初心者にも分かりやすく整理して解説します。

金属加工の基礎知識として、ぜひ押さえておきたい内容です。

はじめに:熱処理とは

熱処理とは、金属を加熱し、冷却することで組織(ミクロ構造)を変化させ、硬さ・強さ・靱性などを調整する加工方法です。

主な目的

  • 硬度(硬さ)を上げる
  • 内部応力(ひずみ)を取り除く
  • 靱性(粘り強さ)を上げる

金属は加熱温度や冷却速度によって性質が大きく変化するため、用途に合わせた熱処理が欠かせません。

焼入れ・焼戻し・焼なましの比較表

処理名 主な目的 加熱温度 冷却方法 効果
焼入れ(Quenching) 硬さを上げる A₃線以上(約800〜900℃) 水・油・空気 マルテンサイト化し急激に硬くなる
焼戻し(Tempering) 焼入れ後の脆さを改善 約150〜650℃ 空冷 靱性が回復し、使える硬さになる
焼なまし(Annealing) 柔らかくし内部応力を取る 約750〜900℃ 炉冷(ゆっくり冷却) 粘りが出て加工しやすくなる

この3つは目的が全く異なるため、製造現場では セットで使う、または 用途に応じて選ぶ といった形で活用されています。

以下で、それぞれの工程を詳しく解説します。

焼入れ(Quenching)|金属を“硬く”する

焼入れは、鉄鋼材料を高温(約800~900℃)に加熱して急冷する処理です。

この時、内部組織がマルテンサイトという非常に硬い組織に変化するため、金属全体が一気に硬くなります。

焼入れのメリット

  • 圧倒的な硬さが得られる
  • 耐摩耗性が向上する

焼入れのデメリット

  • 金属が非常に脆くなる
  • 割れが発生しやすい
  • 内部応力が溜まりやすい

焼入れ段階では、強度面では最高ですが、そのままでは実用には向きません。

その欠点を補うために必要なのが 焼戻し です。

焼戻し(Tempering)|金属に”靱性”を与える

焼戻しは、焼入れした金属を再度150〜650℃で加熱し、空冷する工程です。

焼入れで脆くなった金属に“粘り強さ”を与える重要な工程になっています。

焼戻しの効果

  • 靱性(粘り強さ)を与え、硬度とのバランスを良くする
  • 内部応力を緩和させる

ポイント

焼入れだけでは脆くて使えないため、実際の製品ではほぼ100%焼戻しがセットで行われます。

刃物や工具、ギアやボルトなどの強度部品はこの処理で性能が決まります。

焼なまし(Annealing)|金属を”柔らかく”する

焼きなましは、約750〜900℃まで加熱したあと、炉の中でゆっくり冷やす(炉冷する)ことで、時間をかけて柔らかくすることができる熱処理の一種です。

焼なましの最大の目的は、金属を柔らかくし、切削・曲げ・プレスなどの加工を容易にすることです。

金属は冷間加工を繰り返すほど内部に応力が蓄積し、硬く“ひずんだ”状態になります。この状態のまま加工を続けると、割れやすくなったり、加工精度が不安定になるといったリスクがあります。

焼なましを行い、金属を軟化させることで、これらのリスクが大幅に低減させることができます。

焼きなましのメリット

  • 加工性の向上
  • 冷間加工で発生した内部応力を除去できる
  • 金属組織を均一化し、品質を安定させる

材料別の相性

金属材料の熱処理は「どの素材にどの処理を行うか」で効果が大きく変わります。

同じ“鋼”でも、炭素量や合金元素の違いによって適切な熱処理は異なり、最適な工程を選ぶことで強度・靱性・加工性などを最大限に引き出せます。

ここでは、代表的な金属材料ごとに適した熱処理の種類を整理して解説します。

炭素鋼(S15C〜S55Cなど)

炭素鋼は最も一般的な鉄鋼材料であり、熱処理による組織変化が明確に現れるため、焼入れ・焼戻しの基本例として広く使われています。

適した熱処理

  • 焼入れ・焼戻し:硬さ・強度・靱性のバランスが良い
  • 焼なまし:加工硬化の解消・加工前の軟化

炭素量が高いほど焼入れ硬化しやすいため、工具や刃物には高炭素鋼が使用されます。

合金鋼(SCM・SNCMなど)

クロム、モリブデン、ニッケルなどの合金元素を加えた鋼で、熱処理による硬化が深く、ムラが出にくい特徴があります。高強度部品で多用されます。

適した熱処理

  • 焼入れ・焼戻し(調質):強度・靱性・耐摩耗性の向上
  • 浸炭焼入れ:表面硬化が必要なギア・シャフトに最適
  • 焼なまし:機械加工前の素材調整

自動車のギア、シャフト、ボルトなど高い信頼性が必要な部品に用いられます。

マルテンサイト系ステンレス(SUS420・SUS440)

適した熱処理

  • 焼入れ・焼戻し(硬化可能)
  • 応力除去焼なまし

オーステナイト系ステンレス(SUS304・SUS316)

焼入れしても硬くならず、耐食性が高いのが特徴です。

適した熱処理

  • 固溶化熱処理(1050℃付近 → 急冷):耐食性と延性の回復
  • 低温焼きなまし:応力除去

フェライト系ステンレス(SUS430など)

磁性があり、焼入れしても硬化しません。

適した熱処理

  • 焼なまし:応力除去

まとめ:3つの熱処理の違いを整理

最後に改めて、ポイントを整理します。

焼入れ(硬くする処理)

高温に熱してから急冷することで、金属組織のマルテンサイト化を進行させます。

驚くほど硬くなりますが、脆いため、必ず焼戻しとセットで処理されます。

焼戻し(靱性を与える処理)

焼入れで脆くなった金属に、靱性(粘り強さ)を与える処理です。

温度により硬さを自由にコントロールすることができます。

焼なまし(柔らかくする処理)

炉冷でゆっくり冷却することで、金属材料が柔らかくなり、加工しやすくなります。

また、内部応力を取り除くこともできます

熱処理は、機械部品・工具・刃物・自動車部品などあらゆる製造現場で欠かせません。

それぞれの目的を理解し、適切な組み合わせを選ぶことで、金属の性能を最大限に引き出すことができます。

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