はじめに
自動車業界は今、100年に一度と言われる大変革期の真っただ中にあります。CASEと呼ばれるトレンドが示すように、電動化・自動運転・コネクティッド・サステナビリティといったキーワードが絡み合い、多くのメーカー・サプライヤーが新技術への投資を迫られています。その一方で、競争環境は年々激化し、車両価格の上昇を抑えながら魅力ある商品を提供することが強く求められている現状があります。
こうした環境下で、設計者にとって最重要テーマの一つが 「コスト意識」 です。かつては原価低減は購買部門や生産技術部門が主導する領域と捉えられがちでしたが、近年では製品のコスト構造の大半が設計段階で決まることが一般に知られるようになり、設計者主導の原価企画・原価低減活動が必須となっています。
本記事では、自動車業界の設計者が持つべきコスト意識とは何か、原価企画・原価低減の具体的な考え方、そして効果的に取り組むためのポイントを詳細に解説します。
なぜ設計段階でコストが決まるのか
製品のコスト構造は、一般的に「80%以上が設計段階で決まる」と言われていますが、これは以下のような理由によります。
材料・構造・工程が設計で決まる
自動車部品の原価は、
- 材料費
- 加工工賃
- 工程数
- 設備仕様
- 工法選択
などで大きく変わります。
そしてこれらの大半は、設計者の判断によって決定されています。
材料をアルミにするのか、高張力鋼板にするのか、樹脂化するのか。加工方法を切削にするのか鋳造にするのか。これらの判断一つ一つが原価に直結するのです。
後工程では影響度が小さい
製造現場での改善(カイゼン)による原価削減はもちろん重要ですが、改善できる範囲は数%レベルであることが多いです。一方、設計段階での材料選定や構造簡略化は、数十%の原価削減が可能な場合もあります。
原価企画とは何か:自動車業界における重要性
原価企画(Target Costing)は、企画段階で “ねらうべき原価” を設定し、その原価以内で商品価値を最大化する手法です。特に自動車業界は部品点数が多く、かつ車種ラインアップを維持しながら利益を確保する必要があるため、原価企画の重要性が高くなっています。
「売価-利益=許容原価」という逆算の思想
原価企画の根幹は、まず市場競争力のある売価を決め、そこから必要利益を引いて “許容原価” を導くという考え方です。これは、原価に利益を上乗せして販売価格を決めるという従来の考え方とは逆の思考になります。
例:SUV車種の例
- 市場相場の売価:320万円
- メーカーとして確保したい利益:30万円
- 許容原価:290万円
この290万円を実現するために、設計者・購買・生産技術が連携して原価企画を進める必要があります。
設計者が持つべき原価低減の視点
自動車部品は数万点に及ぶため、設計者がすべての原価を理解することは難しいのが実情です。しかしそれでも、「原価を意識して設計するための視点」を持つことが大切です。
以下に特に重要な視点を紹介します。
1.機能とコストのバランスを取る
機能を盛り込みすぎれば高コストになりますが、削りすぎれば顧客価値が下がってしまいます。ポイントは「必要十分な仕様」を見極めることです。
設計者は、
- 過剰品質になっていないか
- 顧客価値に直結する機能か
- コスト対効果が見合っているか
を常に意識する必要があります。
2.加工性・量産性を考慮する
闇雲に設計をしてしまうと、それに伴って発生した製造工程や設備投資の増加はそのまま原価に跳ね返ってきます。
たとえば、
- 複雑な形状 → 工程数が増える
- 高精度寸法 → 加工工数増+検査工数増
- 材料のムダ → 歩留まり悪化
といったコストアップの要因が考えられます。そのため、設計段階でこれらを回避することが大切です。
3.部品共通化(キャリーオーバー)を積極活用する
自動車業界では、異なる車種間でも共通部品を使うことで大幅な原価低減が図ることができるため、共通化をテーマに設計開発されることが多くあります。たとえば、トヨタにおけるTNGAプラットフォームの開発などが筆頭として挙げられるでしょう。
具体的には以下のようなメリットがあります。
- 設備・金型の使い回しによる新規投資の節減
- 量産効果(スケールメリット)
- 開発時間の短縮
- 品質安定性向上
そのため、設計者は新規設計をする前に、既存部品の転用可否を必ず検討するべきと言えるでしょう。
4.材料選定の幅を持つ
単純に「軽量化=アルミ」「高剛性=鉄鋼」と一括りで考えるのはコストアップの原因になります。
樹脂化による原価低減や、ハイテン材による板厚低減など、材料知識を広く持つことが重要です。
5.サプライヤーとの早期連携
部品原価の中で大きな割合を占めるのが購買部品です。サプライヤーは加工技術・材料価格のプロであり、開発の初期段階で相談することで、より大きな原価低減アイデアを得られることがあります。
自動車業界での原価低減アプローチ
以下に、自動車メーカーやサプライヤーで広く使われる代表的な原価低減手法を紹介します。
VE(Value Engineering)
「価値=機能 ÷ コスト」で捉え、価値を最大化するための手法です。
目的は単なるコスト削減ではなく「機能維持 or 向上 × 低コスト」の実現にあります。
VA(Value Analysis)
既存製品に適用する VE のことです。設計変更が必要になるため、実現可能性としては少しハードルが高いかもしれません。
DFA(Design for Assembly)
組立性向上のための設計手法です。部品点数削減や組立工数削減につなげる改善の1つです。
DFM(Design for Manufacturing)
DFAと同様に、製造しやすさを狙った設計手法です。加工時間の短縮・不良低減・設備負荷軽減を狙います。
モジュール化
モジュール化は、構成部品をある程度のまとまりとして捉えることで、開発コスト低減に寄与します。先ほど触れたようにトヨタにおけるTNGAがこれに該当します。
原価低減を成功させるためのワークフロー
実務で成果を出すには、効率的な手順が必要です。
代表的な流れは以下のようになります。
1.原価分析(Cost Breakdown)
部品原価を要素ごと(材料費・人件費・設備費・外注費・物流費など)に分解し、どこに削減余地があるか検証します。
2.VE(Value Engineering)
設計変更に対してのアイデア出しを行います。サプライヤーからも提案を募るなどし、複数案を検討します。
3.コストシミュレーション
変更案ごとに原価を試算し、効果とリスクのバランスを評価します。
4.試作・評価
設計変更を実際に行い、品質・性能への影響を検証します。
5.量産立ち上げ
最終的に立ち上げた際も、目標原価を達成しているかを改めて確認します。
■ 設計者が陥りがちな落とし穴
1.「安くすればよい」という誤解
機能や品質を損なう原価低減は本末転倒です。
“安くて悪いもの” は市場競争力を失い、結果として損失になってしまうため、コストダウンのメリットだけではなく、デメリットにも同時に目を向ける必要があります。
2.製造工程に関する知識不足
CAD などの設計スキルが高くても、加工現場のことを知らなければ原価低減は難しいでしょう。現場での学びが同時に必要になります。
3.サプライヤー依存
サプライヤー任せの設計では、メーカーとしての競争力が低下してしまいます。設計者自身が原価をコントロールしている、という意識を改めて持つべきです。
まとめ:これからの設計者に必須となる「コスト意識」
電動化・自動運転化が進む中、自動車業界はかつてない規模の開発投資を続けています。一方でユーザーの価格感度は、昨今のインフレ状況も相まって依然として高く、少しでも安く、品質が高く、安全で魅力あるクルマでないと売れません。
つまり、設計者には以下の姿勢が求められます。
- コストを理解し、設計段階で適切にコントロールする
- 必要十分な機能を見極める
- 製造性・量産性を考慮した設計を行う
- サプライヤーと協調しながら最適解を導く
- 部品共通化や軽量化などの知見を活かして効率的に原価低減する
設計者が高いコスト意識を持つことで、企業全体の競争力は大きく向上します。
原価企画を理解し、価値を最大化する設計力こそ、これからの自動車業界で活躍する設計者にとって必須スキルと言えるでしょう。

