鉄鋼とは?
鉄(Fe)と鉄鋼は、似ていますが少し違います。
- 鉄(Fe): 元素としての鉄。
- 鉄鋼: 鉄に炭素(C)を約0〜2%混ぜた合金。
この鉄に添加された少量の炭素が、とても大きな仕事をします。
炭素は鉄を硬くする性質を持つため、
- 炭素が少ない鉄鋼:やわらかくて加工しやすい。よく曲がる、溶接しやすい。
- 炭素が多い鉄鋼:とても硬くなるが、割れやすく、加工が難しくなる。
といったように、鉄+炭素の組み合わせ次第で、鉄鋼の性質(硬さ・靱性・加工のしやすさなど)がガラッと変わります。
本記事で解説するFe–C平衡状態図は、この「鉄と炭素の関係」を「温度帯別」にまとめたグラフのようなものです。
「硬さ」と「靱性」とは?
鉄鋼の説明で必ず出てくるのが、”硬さ”と”靱性(じんせい)”という言葉です。
- 硬さ: 衝撃を受けても、変形しない性質。純粋な硬度。
- 靱性: 衝撃を受けても、割れにくい性質。しなやかさ。
身近な例でいうと:
- ガラス:硬いけれど、衝撃を加えると簡単に割れる→硬いが、靱性は低い
- ばね:変形はしやすいが、簡単には壊れず、衝撃を吸収する→硬さは低いが、靱性は高い
ここで押さえたいのは、
「硬い=壊れにくい」ではない
ということです。
硬さが高すぎると、逆に破壊しやすくなることがあります。
この「硬さ」と「靱性」のバランスが、鉄鋼の設計や熱処理でとても重要なポイントになってきます。
Fe–C平衡状態図とは?鉄と炭素の「関係図」
では本題のFe–C平衡状態図です。

これは一言でいうと、
温度(縦軸)と炭素量(横軸)で、鉄鋼の中にどんな組織(フェライト・オーステナイト・パーライト・セメンタイト)ができるかを示した図
です。
図を見ると線がたくさんあって複雑に見えますが、全部覚える必要はありません。
- 縦軸(Y軸): 温度(℃)上に行くほど高温
- 横軸(X軸): 炭素量(%)右に行くほど炭素が多い。
そして、
- 図の左側(低炭素):柔らかくて靱性の高い鉄鋼(フェライトが多め)
- 図の中央〜右側(中〜高炭素):硬さが増えてくる鉄鋼(パーライトやセメンタイトが増える)
というイメージです。
“平衡”状態図という言葉の意味
「平衡状態図」の平衡とは、
ある一定温度で鉄鋼を長時間保持し、組織変化が落ち着いたときの状態
を意味します。
そのため、高温の鉄鋼を急冷させた際に現れるマルテンサイト組織は、この平衡状態図には記載されていません。
この話は、後の章で詳しく触れていきます。
鉄鋼の組織|フェライト・オーステナイト・パーライト・セメンタイトとは?
先ほど軽く触れましたが、Fe–C平衡状態図を読み解くには、鉄鋼の中に出てくる4つの「組織」を知っておく必要があります。
以下に、それぞれの特徴を解説します。
フェライト(α鉄)
フェライト(α鉄)は、炭素含有量が0.8%以下で現れる組織です。特に炭素含有量が0.0218%未満では、完全なフェライト組織になります。
やわらかいため加工性に優れており、建築用の鋼材や、一般構造用の鉄鋼など、「扱いやすさ」が重要な用途では、フェライトが多めの材料が選定されます。
オーステナイト(υ鉄)
オーステナイト(υ鉄)は、高温のときにのみ現れる組織です。
温度を下げていくと、別の組織(フェライト・パーライト・マルテンサイトなど)に変わるため、常温では基本的に見られません。
ただ、ステンレス鋼の一部には、常温でもオーステナイトが安定しているものもあり、それは「オーステナイト系ステンレス」と呼ばれています。
パーライト
パーライトは、フェライト(α鉄)と、後述するセメンタイト(Fe₃C)が層状に交互に並んだ組織です。
この組織は、顕微鏡で見ると黒と白の細かい模様として観察され、真珠(パール)のような虹色っぽい光沢を持つことから、パーライトと名付けられました。
性質としては、以下の特徴を持っています。
- フェライトより硬いが、セメンタイトよりはやわらかい
- 強さと靱性のバランスが良い
バランス型とも呼べる組織のため、自動車部品や機械部品などで最も使用されています。
セメンタイト(Fe₃C)
セメンタイト(Fe₃C)は、炭素含有量が0.8%以上で現れる組織で、とにかく硬いですが、靱性が低く割れやすいというデメリットもあります。
名前の由来通り、セメントのような性質とイメージしてもらうとわかりやすいでしょう。
鉄鋼の設計では、
- フェライト:やわらかいが、靱性がある
- セメンタイト:硬いが、割れやすい
- パーライト:その中間のバランス
これらの組織をどの割合で出すかで、硬さと靱性のバランスを調整しています。
マルテンサイトとは?
ここで、Fe–C平衡状態図には直接は出てこないものの、重要な組織、マルテンサイトを解説します。
マルテンサイトは、
オーステナイトを急冷したときに現れる、とても硬い組織
です。
平衡状態図は「ある一定温度で鉄鋼を長時間保持した場合の組織状態」を表すものなので、”急冷”によって引き起こされるマルテンサイトは図には描かれません。
なぜマルテンサイトは硬いのか?
高温のオーステナイトが”ゆっくり”冷やされると、オーステナイトに含まれる鉄や炭素が周囲に拡がり、均質な組織が形成されます。
一方、オーステナイトから”急冷”されると、本来拡散されるはずだった炭素が押し込まれたような状態になります。
この炭素原子が押し込まれた状態が、硬いマルテンサイト組織の正体です。
ただし、押し込まれている(無理をしている)がゆえに、内部に大きなひずみや応力を抱えていて、割れやすいという側面もあります。
「焼戻し」が必要な理由
先ほど高温のオーステナイトを急冷(「焼入れ」という熱処理)することによりマルテンサイトが形成されると説明しましたが、そのままでは硬くて割れやすいため、加工ができません。
そこで行われるのが、「焼戻し」という熱処理です。
焼戻しで再加熱をすることにより、内部に抱えたひずみや応力が取り除かれ、硬さと靱性を併せ持つ組織をつくることができます。
これが、鉄鋼素材の熱処理において、「焼入れ」と「焼戻し」がセットで行われる理由です。
焼入れ:硬くする
焼戻し:少し柔らかくして靱性を付与する
という2つの工程で硬さと靱性のバランスを取り、加工性を良くしているのです。
まとめ
Fe–C平衡状態図は、鉄(Fe)と炭素(C)の量、そして温度によって、鉄鋼の中にどんな組織ができるかを一目でわかるように示したものです。
- 縦軸:温度(上に行くほど高い)
- 横軸:炭素量(右に行くほど多い)
そして、主要な鉄鋼組織は、
- フェライト(α鉄)
- オーステナイト(υ鉄)
- パーライト
- セメンタイト(Fe₃C)
- マルテンサイト(急冷によって形成される)
ということを押さえておくと良いでしょう。


コメント